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最近のミステリ

最近はツイッターで特定の関連のことを書いてるから、なかなかこういうものを昔のように気軽にツイートできない。

そんなわけでこちらに書くが、このミス2018年版を読んでいてふと気づいたこと。

相変わらず海外ミステリでは「第二次世界大戦下の~」というのが流行のようだが、自分、最近海外ミステリがピンと来てなかったのはこれが原因だ!と悟りのような感じで思いました。

本格ミステリ×第二次大戦」みたいなやつ。

大体がパリかベルリンかロンドンか、みたいな。で、将校が~とか捕虜が~とか連絡員が~みたいな。

どうもピンと来ない。余計な情報が多いというか。ブラウン神父でも折れた剣にそういう話があるが、なんかミステリと戦争って合わない気がする。スケールが違うというか。折れた剣はそういうミスマッチを逆手に取ってるわけで。

戦争ってのは、歴史なわけで。本当の歴史が進んでる話の中で、そういう虚構の本格ミステリみたいな話をされても「ウソじゃん」って感じ。本格という虚構が耐えられる震度じゃないというか。それほど戦争は重いわけで。

じゃあCWAやMWAがいいかというと…CWAはよくわかんないし、MWAはよく分からない「アメリカの田舎町が舞台のリアリズム風…」みたいな。

どうも虚構性が薄まってる気がする。チャンドラーとか読んでも、なんというかあれはアメリカじゃないと思うんですよね。あそこに映るのはチャンドラーの世界であって、全然リアリズムじゃない。だからこそ嘘っぱちの話が成立する。

だけど、今の作家って、そういう虚構の世界を成立させられていない気がする。だから、なんか中途半端なリアリズムっぽい話を使おうとする。三面記事とかにありそうな。でも、それは単に安っぽいだけなんだよね。

そんな中でもジェフリー・ディーヴァーは、上手いと思う。最新の技術を取り入れながら、安っぽくならない。エンタメとして成立している。まあ、それでもちょっと前のアメリカ(ブッシュ時代感)って感じではあるけど…。作中にも出てくるけどCSI的なね。あれももう古いからなあ…。

結局今アメリカで一番面白いのはアメコミですしね…。そんな感じで終わる。

テレビの再発明

このブログがよく取り上げるテーマの一つにメディア論があって、まあテレビ批判というものなのですが、その中でネットフリックスの台頭を期待していたわけです。

当初はほとんどの人(ネット民含め)が知らなかったネットフリックスも、漸く大体の人が「知ってる」状態になってきました。

その上、映画の賞でも話題になったりと、テレビドラマだけでなく、映画も順調な様子。

このような形で、着実にネットフリックスの普及は進んでいるものの、まだ爆発的という段階には至っていない状態。

そんな時、出てきたのがこのAppleの発表でした。

Apple TVは、まあAppleファンからもほとんど話題に取り上げられない存在ですが、地味に販売を続け、今年の「Apple Special Event」にて遂にApple TVアプリというものが発表されました。

これは、今までバラバラで存在していた配信サービスをまとめて、諸々使いやすくする、というもののようです。

テレビで見る配信サービスと言えば、Fire TV StickやChromecastを使う方法がありますが、Apple TVもあります。しかし、配信は、テレビのようにただチャンネルを変えるようにサクサクとはいきません。まあ色々な操作が要求されるわけで、そういうところが煩わしい。

その辺を、Appleのソフトウェア技術を用いて使いやすくしたよ、ということのようです。

 

着々と、「テレビの電波離れ」が進められています。

このブログでは、やや性急にネットフリックスの大覇権時代を期待したものでしたが、どうやらそうはなりませんでした。

私自身も、「むしろ、チャンネルをまとめるプラットフォームが必要なのではないか」と考えていたところに、どんぴしゃでApple TVアプリが登場したので、驚きましたが、やはり発想自体は間違っていなかったと安心しました。Appleによるより高度な技術の提供に期待したいと思います。

さて、このApple TVアプリがどのように進められるか、それを一つの仮説として提供したいと思います。

Apple TVは、大規模資本の配信サービスを支えるプラットフォームとしての役目を負っています。今後は、まず「テレビを見る」とは、「Apple TVアプリを起動する」ということになると思われます。

そして、そのApple TVアプリを使えば、様々な乱立する配信サービスを上手く選り分けてくれるようになるのだろう、と思われます。このApple TVアプリを利用すれば、より品質の高い映像を見る、という顧客の要望に応えられるサービスが選ばれることになるでしょう。

質の低い日本のテレビ局のごとき存在は、ますます窮地に立たされる(視聴率の減少により広告代が稼げなくなる)ことになるのではないか。そうして日本人の多くがナショジオのような作品に触れることができるようになる…めでたしめでたし。

 

近年ますます日本のテレビは質の低下が著しくなっています。

しかし、いくらナショジオが素晴らしくても、日本の顧客に、日本人が不在の番組ばかりというのはどうなのか。特に報道などは、どうしても日本にいなければ適切な報道ができません。

これから求められるのは、正しい志を持った人が、報道メディアを立ち上げ、Apple TVアプリに配信することでしょう。こうすれば、テレビに頼らずとも正しい報道をすることが可能です。もう毎日のように「行列のできるラーメン屋」に報道のリソースを割くような会社は存在する必要がなくなります。正しい商品を提供できれば、顧客はそちらにやってきます。

ベーシックインカムはユートピアである

(ゆえにあり得ない)

ユートピア…A

BI…B とする。

ユートピアの定義=全ての人が働かなくてもいい(=C)…(1)

BIの定義=BIは、全員に基本金を配るという制度である。その代わり、現在の生活保護社会保障といった制度を廃止する(BIに代替する)という制度である。

ところで、基本金の妥当な額は何か。

無論、世の中には、事情があって働けない人もいる。それが生活保護である。

当然、生きていかなければならないだけのお金が必要と言うことである。

ところで、生きていくだけのお金とは、当然、衣食住に加え医療費などがかかる。

これらを、十分に保障しなければ、生活保護の代替とは言えない。

生きていけるだけのお金を、全員に配れば、それは全員が働く必要がないだけのお金を手に入れるということである。ゆえに、全ての人が働かなくてもいい(=C)…(2)

(1)よりA=C

(2)よりB=C

∴ A=B

(厳密にはBiはユートピアの構成要素であるが、それがすなわちユートピア思考であることは何も変わらない)

「人手不足」とは何か

仮にXという時給で応募をかけた際、人が来ず、X+aという時給では人が来る、という場合、単に必要なのは「時給を上げること」でしかない。

 

「人手不足」という表現には厳密な定義がなく、非常に紛らわしい表現としか言いようがない。

この「人手不足」という言葉が、ジャーゴンのようにマスコミの間を飛び交い、まともな議論が行われておらず、明らかにその「人手不足」というマジックワードの元で、単に「人口不足」というイメージに直結させて、「なら人間を増やせばいい」という小学生並の単純なロジックで議論が展開している。

 

この問題は、現在日本の経済で何が起きているのかをデータで以て示し、それに対する学問的な解決方法を考案することが肝要であり、いたずらに机上の空論で議論すべきことではない。

それは、日本の経済環境そのものを大きく捉え、今後の経済目標を大きくデザインしていくことが必要なのであり、なし崩しに、現在の時給で人が来ないから、じゃあ購買力の低い国から国民を引っ張ってくれば良い、などという安直なやり方で解決を図るべきではない。

 

時給を上げれば、その上がった時給は製品に転嫁される。そうすれば、製品価格は上がる。そうであれば、需給が一致するはずである。

たとえば月給13万程度で外国人を労働させている企業があるとして、じゃあこの月給13万で日本人が働くか。

働くわけがない。

元々、こんな仕事はまともではない。

まともではない仕事を、安くても働く外国人を雇用して酷使するようなことは、これまたまともなことではない。

人権的にも言語道断であるが、経済的にも全く良くない。

なぜなら、この先、この企業は月給13万で人を使い続けるからだ。そうであってみれば、必ず「安くこき使う人」が必要であり続けるということである。いくら外国人を増やそうとも、ますます月給を下げる猶予が生まれるだけで、外国人が不要となることはない。なぜなら、この企業は元々月給を上げる気がないからだ。安くしてても人が来るようになったのに、なぜわざわざ上げる必要がある?

月給が安くて人が来ないなら、月給を上げる他ない。それを、外国人という形で月給の据え置きを許すのは、産業構造を歪めることにしかつながらないだろう。

また、ケインズによれば、「国民所得=投資(貯蓄)+消費」である。

しかし、月給が安くなれば、貯蓄も下がるし、消費も下がる。

結果、国民所得も下がるという結果になるのではなかろうか。

www.nikkei.com 

(こう言うと、「だから雇用流動化(正社員解雇)を進めよう」という話に持っていく人がいるが、そんなことはないと考える。正社員を解雇することで経済が発展するなどとはケインズは言わなかったはずだ。)

初心者向けゲーミングPCの価格について

PCゲームを始めようと思った時、人はどういう言葉で検索するだろうか。まずはゲームのタイトルを検索する。そして、それがPC専用だったとする。その場合、家にあるPCが、とてもゲームなどは動かない場合、恐らく「ゲーム PC」などと打つに違いない。

 

そうした時に表示されるのはどういうPCかといえば「ゲームが動くゲーミングPC!」という売り手のページがヒットするのではないだろうか。

しかし、この「ゲーミングPC」。かなり性能に幅がある。

一言でゲーミングと言っても、エンジョイ勢からガチ勢までいるようにゲーミングPCにもエンジョイ勢とガチ勢がいる。

で、ゲーミングPC市場において、売り手が表示しているゲーミングPCというのは、これはもうガチ勢のことを指しているのである。

だから、平気で価格が税込みで20万円は越すレベルのものが売っている。

いやいや。

ゲームに初期投資20万は無理ですよ?

じゃあやめるか・・・。

 

そこで無事PCゲームなどという時間の無駄をしないですむ人生を歩める。いいことですね。

 

しかし、無駄な時間を過ごしてほしい私は、ここでエンジョイ勢向けのゲーミングPCを考えたい。どうしたらPCゲームを普及させることが出来るか。

 

経済学の教科書をひも解くまでもなく、普及させるためには価格を下げることが大事である。ならば20万を超えるようなPCは論外である。まずこれは大前提である。

では、次に自作かBTOかという永遠の課題を見てみよう。

しかし、これは特に問題となる項目ではない。

自作をすれば、PCの知識がたくさんつくし、しなければ自作についての知識はつかないだけである。自作ができないという人はいない。ただ知らないだけである。PCを使ってゲームをする以上、PCの知識ゼロでなんとかなるというわけにはさすがにいかない。もちろん、彼氏(彼女)に全部おぜん立てしてもらうということは考えられるが、それでいいのだろうか。というか、それでいいのなら、このエントリは読む必要は全くない。全部、彼氏(彼女)がやってくれる。だからこれは無意味な想定である。

だから、PCの知識がない場合、PCゲームをしたいと思ったら、まずはPCの知識をつける必要がある。(ネカフェなどの場合はこの限りではないが、無論このエントリは自宅のPCを個人で利用することを想定している)

これは難しいことではない。

最近の自作本などでは、懇切丁寧に、そういう読者も想定しており、PCパーツには大抵その説明がついている。

だから、まずPCの知識をつけようと思って自作本を買うと、PCの知識+自作の知識が自動でつくようになっているのだ。なんという便利さ。

つまり、事実上、この点は「本一冊買えば身に着く」という非常に簡単なステップで終わる。これすらできない人は、多分PCゲームの(親切でない)説明は理解できないので、そもそもPCゲームに向いていない。

 

自作とは、何をすることなのかというと、マザーボードという基盤に、ピンにはめ込むか、そこから伸びているケーブルをパーツに差し込むかして、それをPCケースに設置する。基本はこれだけである。あと、ケース内に風をつくるためのファンや、電源ユニットを入れる必要があるぐらいである。

PCパーツはそれほど多くなく、

マザーボード、CPU、CPUクーラー、メモリ、グラフィックボード、ストレージ、電源、ケース

以上8つである。

マザーボード:大体1万円も出せば十分なものが買える。ATXMicro-ATXMini-ITX)があり、大きさが違う。ケースの大きさと合わせよう。

・CPU:ピンキリだが、1.3万円~

・CPUクーラー:付属で十分だが、買うなら虎徹といったものがある。小さいケースだと大きいのは収まらない。

・メモリ:これにはいろいろな種類があるので、マザーボードにあったものを選ぶ必要がある。大体8GB1.2万~

・グラフィックボード:ゲームにおいては最も性能を左右するパーツ。大体3万円前後がメジャー。

・ストレージ:いわゆるハードディスク。「SSD」という種類のものが(ゲーミングでは)主流。大体1万円がボリュームゾーン

・電源:BRONZE、SILVER、GOLDの3段階の格付けがなされている。何が変わるかと言うと定格出力であり、高性能なグラフィックボードを積むと、出力を食うので、高い電源を買う必要があるということ。BRONZEなら7000円~

・ケース:大きい(ATX)種類のミドルタワーと、小さい(Micro-ATX)種類のミニタワーというのがある。ちなみに一番でかいのはフルタワーと言い、階層表現が全部バラバラなので最初は混乱する。マザーボードと大きさを合わせる必要がある。安い(小さい)ものだと3000円台からあり、1万円ぐらいで落ち着く。小さいのを買うか、大きいのを買うかというのは完全な好みなので何とも言えない。当然大きい方が取り回しは楽だが、場所を取る。

 

マザーボード1、CPU1.3、メモリ1.2、グラボ3、SSD1、電源0.7、ケース0.5

全部足すと8.7万円である。

ゆるく設定してこれぐらいである。もっと切り詰めることはできるが、切り詰めれば切り詰めるほどタイトな条件になっていくことは当然である。つまり大体これぐらいを上限と(エンジョイ勢PC的には)みておくことができるのではないか、というのが8.7ということになる。またせっかくなら楽しくゲームをやりたいので、切り詰めてギリギリの環境でやるよりは、そういう感じのない環境の方がいいのではないか、という趣味志向も加味している。(PCケースは割とギリギリの価格…)

20万という数字から8.7万にまで減らすことができた。

見てわかるようにグラボが大きな数字を占めているのが分かると思うが、正直なところこれはオーバースペックだと思う(しかもi3)。だから切り詰められるが、そこは各々の判断であり、標準的には妥当だと思われるのでこの数字となった。

 

まずはお値段の方をざっと調べてみた。

もちろん、実際に選ぶときはもっと細かい想定が必要になるが、標準的な性能、メーカーで選ぶことを想定した。

またパーツにはそれぞれメーカーがあり、これも選ぶ基準となる。

 

 

書きながら調べて行ったので、いくらになるのか分からなかったが、個人的には「やや高い」という感覚になった。やはりグラボが高い。

しかし20からは50%以上減らせたのでよしとしよう。

もちろん、切り詰められるが、この価格には「高品質なゲーム体験を経験してほしい」という思いがある。確かに安くは出来るが、それではゲームの持ってる品質のポテンシャルを存分に体験できない、という状況が生まれてしまうのである(ブラウザゲームなどは違うが)。特にPCゲームは幅があり、逆に言えば落とそうと思えばかなり落とせる。しかし、それではやはり…という感じがする。逆にここからたとえば数千円減らせたとして「なんか…ショボくね?」という体験になるぐらいなら、その数千円分はどれほどの意味があったのか、ということである。せっかく数万払うことになるのは同じなのだから、だったら妥当な性能にしておくのがよいのではないか。

ここまでくると「買い物の仕方」の話になるので難しいが、このエントリの目的は標準的な初心者向けゲーミングPCの価格を見てみることなので、8.7という数字は、「ああ、まあ…そんなもんだろうね」という実に想定通りの価格に落ち着いたという、なんというかなんの驚きもない結果に相なったわけである。

しかし、一応8万円台に収まったのは嬉しい。