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美少女ゲームにおける萌えゲーと誰得シリアスの問題

NHKサブカルチャー史の90年代編の秋葉原の講義を見ると、「これは過去の秋葉原の話なんだよなあ」という感じである。もはや歴史である。

萌えゲーとはなんなのか。日常系の変種みたいなものである。
たらたらとした話が続くだけなのであるが、主人公は男なので、いわゆる美少女動物園化はしにくい。
それほどネタ要素も強くなく、まだ物語が駆動している感じは受ける(あくまで日常系と対比した話である)。

なぜ誰得シリアスが発生するのか。
多分、泣きゲーの伝統を引きずっていることに原因がある。
今やそういうゲーム(誰得シリアス)はむしろ少数派であるが、色々と誰得シリアスの論争に巻き込まれた立場から総括したい。(別に論陣を張ったとかではなく、そういう話ばっかりになってROM専でも悩まされたので)

LOVELY x CATIONなどのように美少女ゲームでも誰得シリアスを発動しないで済むようなゲームも増えてきた。
だからこの総括は多分不要であるが、まだ時たま誰得シリアスが生まれ「肯定派と否定派」の不毛な争いが生まれるので、一言アドバイス。


誰得シリアスとは明るいトーンで進んでいた話が暗い話になることで生まれる。
それはたとえば、急に過去のトラウマが発生したとか、家族が病気になったとか、なんか自分が死ぬとかである。
これを主人公がバーンと解決して「感動!」みたいなふうに持っていくのが狙いであるが、誰得となった場合は失敗する。
泣きゲーはシリアスにしても成功しているが、それは最初からそういうトーンで作っているからである。最近では新島夕氏の作品なんかは泣きというほどではないが、シリアスな場面を入れても成功している。言うまでもなく、明るいギャグトーンというよりはたとえギャグシーンでもどこかシニカルな態度が最初からあり、シリアスなシーンも受け入れる土壌をしっかりと最初から築いているからである。

そうではなく、最初から完全なコメディを作っているのに終盤にシリアスを入れると失敗する。



ここまで言えば、普通のクリエイターなら「分かった」となる。
しかし、念のため参照先を作ると、映画のラブコメとかがいいのかも知れませんね。
「ドタバタコメディ」なのか「ウィットの効いたコメディ」なのかで微妙に作中のトーンは変化します。
たとえばそれまでドタバタコメディでやっていたのに、個別ルートでは結構シリアス系などということをやったら上手く行かないのは目に見えていますね。

リトルバスターズ!は最初はドタバタコメディですが、Keyという大前提があり、なおかつ作中でも随所にシリアスなトーンを挟んでおり、またそれを支えるだけの礎石をしっかりと築いています。

そうはしておらず、最初から萌え萌えな感じでいくならば最後までそうしなければならない。


一言にまとめると当たり前の話なんですが、
「笑えて、感動できる話作って!」

ということになるとこれはそう簡単にできるものではないということが分かります。
両立ができるのはKeyぐらいであり、いかに優れた作品かということはその影響力を考えれば一目瞭然です。Keyがなぜ流行ったかという一因にはこのほぼ両立不可能の要素を融合させたという偉業があるということは言うまでもありません。