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『化物語』を「ミステリー小説」と認める勇気

つれないもんですよね。
メフィスト賞作家だというのに。

まあ、「そんなんゆうたら、『図書館戦争』とかも「ミステリー小説」になってまうやんけ!」という感じかもしれませんが。

そもそもジャンルを規定することは困難であり、SFの起源をどうするかとか、ミステリの起源を旧約聖書の楽園追放に置く冗談とかがあるわけです。
つまり、物語というのは、数学のように「コレが自然数、コレが無理数」というようにはキッチリ分けることなど出来ないものなんですよね。
ハリーポッターをミステリーとして読むことも十分できるわけで。

脱格の完成形というのがあれなのではないか。
つまり、脱格というのが、本格から脱するという意味なら、本格から離れることが脱格の条件ではあった。そして、本当に本格から離れたら、ミステリー小説とも認められなくなった、というのは皮肉ではないか。

脱格とはなんだったのか、というのはいまだ残る謎(ミステリー)ではある。
脱格が「本格を脱構築する」という意味合いで言うなら、それは解体、つまり解格/改革という意味合いも込められていた。

本格とはなんなのか、という点も、なかなかコンセンサスがあるものとは言いにくいかもしれない。
英語版Wikipediaでは本格(Honkaku)は "The Golden Age" にリンクされており、つまり20世紀前半に始まる特に英米黄金時代を指すこととされている。(パズラーという意味なら "locked room mystery" (密室派)という言葉がそれに近い)
これは案外分かりやすい定義なのではないかと思う。つまり、本格という語義にある「本来の格」という本来とは黄金時代を指している。

そういう意味では有栖川有栖の「ただの本格」という言葉は、率直な感想だと思える。
本格の本質が黄金時代への憧れにあるのであれば、そこに「新」とかそんな形容詞はつかないということは理屈の通った話ではある。
新本格の作品に、クイーンやカー、ポオなどを題材に登場人物たちが楽しく語り合っているシーンが出てくるのも「思い出の会」という意味合いが強い(彼らは若者だったが)。

そういう意味では本格とは常に閉塞の危機にある、というか、本来的に懐古趣味なのだ。新本格が本格ルネッサンス、つまり再生であるというのも、なんとか黄金時代を復活させようという試みを指している。
たとえばポール・アルテは日本語版Wikipediaでは『本格ミステリを書き続けている』『本格推理小説の黄金時代への敬意』という言葉が並ぶが(このエントリでは「本格の黄金時代」とは重複言葉になるのだが)、英語版Wikipediaでは "known for his locked room mysteries." となる。密室派ということで、黄金時代どうこうという話ではない。もちろん、黄金時代が密室華やかなりし頃だった、ということはあるのだが。

冗談から始まったエントリですけど、『化物語』の面白さ(まあ、それがあればの話ですがね…)の一つに「謎(ミステリー)」という要素があることは確かでしょう。

物語というのは「この作品は◯◯じゃない!」とか言うより、色々柔軟に考えたほうが広がりがあるんですよね。
ミステリーも、もっと堅苦しく考えていたら、メフィスト賞作家の中でも最も商業的に成功した作家のうちの一人は生まれなかったかもしれないんですから。『化物語』の成功は、その「ミステリー性」が不可欠だったと考えれば、ミステリーが貢献した度合いは決して低いわけではないでしょう。
ジャンルの閉塞、とかを危惧してるわけじゃないですけど、なんだか最近ミステリーに物足りなさを感じていたら、頭を柔軟にしてみれば、色々と見えていなかったところにもミステリーが見えてくるかもしれませんね。