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インターネットで何ができる?

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働き方の未来

「仕事の未来」という番組を見たが、非常に面白かった。

 

私なりに整理・想像してエントリを書いてみる。

 

まず、将来的には、人は「働く必要がなくなる」。

しかし、これは同時に「働けなくなる」ことも意味するのである。

なぜ仕事が無いか? それは働く必要がないから、仕事がないのである。

そういう論理構造になっている。

だから、「仕事がなくなる!」という人は「仕事=絶対必要」と思っているのだが、実際にはそうではない。が、そうではない。

 

どういうことか?

このことは、すでにケインズが言っている。「ジョン・メイナード・ケインズ」という人がいたのである。1883年に生まれ、1946に亡くなった人だ。

そんな昔の人が、2017年以降のことなんか分かるわけ無いだろ! と思うかもしれないが、彼は「孫たちの経済的可能性」という文章で、経済的な問題が100年以内に解決するか、解決が視野に入ると述べる。文章が発表されたのが1930年なので、2030年を想定している。

そして、またそうなった時、今度は人は「暇な時間をどうするか」ということに苦慮するようになるとも言う。

 

つまり、仕事はいらなくなるのだが、仕事はいるということである。

仕事がないと、暇過ぎて、人は退屈してしまうだろう、ということだ。

 

ケインズはすでにそこまで見通している。

「賃金のための仕事がなくなる」という話はすでにケインズの時点で時代遅れであった。そもそも、仕事する必要がなくなるのだから、仕事がなくなるのは当たり前だ、ということである。

 

つまり、人類は、「暇をどうやって潰すか」という問題に取り組む必要が今後出てくる。それが大きなチェンジだ。

 

「資本主義のなんとか」とかいう番組では、「資本主義は限界だ。次のイノベーションがいる」などと言っていたが、まやかしだ。そんなことは、すでにケインズが言っている。資本主義の行き着くところは仕事の消滅、ということは、「近代経済学」がすでに言っている。だからイノベーションなど起こらないで、そのまま仕事は消滅する。ということを「現行の」経済学が言っている、ということである。つまり、自らの限界を、すでに1930年に言っているのだから、今更「資本主義に限界が来る!信じられない!」とか騒いでるのは全く変なことである。

 

これは、資本主義というより「仕事」という概念の変更が迫られるのである。

仕事とは、今までは、それがなければ生存が危ぶまれることであったから、どんなに嫌でも、いわば「徴兵」という形で、行ってきた。

しかし、今後は、純粋な志願制になるということだ。

ボランティアとは「志願兵」という意味であるが、ゆえに今後はボランティア的精神の仕事が増えるだろう。

ボランティアとは仕事だろうか? そうでもあるし、そうでもない。

日本ではボランティアとは「無給」のことを指すが、「志願兵」という言葉を見れば分かるように、本来の意味は無給というわけではない(志願兵は無給で兵士として働くわけではない)。だから、今後は、そういう風に自発的に働き、かつ有給というスタイルが広がるだろう。

 

なぜか?

国家は人に「働いて欲しい」のである。

人が働けば、経済が動き、経済が動けば、税収が発生するからである。

しかし、人が働かなければ、税収が伸びない。

だから、これからは国家は「いかに人に働いていただくか」ということを考えることになるだろう。

 

なぜか。

「働かなくても生きていける」世の中が出来てしまい、「働きたくない国」では、みんな働かなくなってしまい、税収が伸びないからである。

「働かなくても生きていける」世の中で、なおかつ「自発的に働きたくなる国」にしないといけない。もちろんそれは強制は出来ない。だから、仕事の環境を良くすることが、働きたくなる気を人に起こさせるのだから、そうする必要に国家は迫られるだろう。それに失敗すれば、みな働かなくなるだろう。

もちろん、強制的に働かせようとすれば、そんな政権は一瞬にして選挙で落とされるだろう。