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インターネットで何ができる?

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日本には<民主主義の歴史>がない

戦国時代は、無論、戦国大名による内戦であり、民衆はただ農地を荒らされ、徴兵される存在でしかない。

 

徳川幕府(Shogunate)が崩壊する際、活躍するのは藩士、いわゆるエスタブリッシュメント層であって、民衆ではない。

その後の明治政府も、結局は民主的なシステムを確立することはできず、軍部が事実上実権を握る「軍事政権」状態に陥る。無論、これは民主主義ではない。

 

戦後はどうか。

無論、日本国憲法を作ったのは当時のエスタブリッシュメントである。

そこには「民衆」による成果など一つもない。ただ、民衆の代弁をしたのが、統治政権であるGHQのスタッフだった。これは当時、民主主義があったのが米国だったのだから、そうなるのが当然だった。

 

しかし、その後70年間あったが、その間に、いくつかの民主的な運動はあった。

しかし、その歴史はかき消され、大体が「政府がそういうように考えた」というように適宜修正されていく。

そのように歴史を作ることで、民衆の中には「政府が正しい。なぜなら戦後も常に正しい決断をしてきたからだ」という観念が形成される。実際には、公害や労働制度といったものは、民衆と政府との激突によって作られたものだが、その歴史は抹消され、「政府の正しい判断」が行われたことにより、諸々の問題を日本は乗り越えてきた、という修正された歴史が展開される。その時、日本民衆の活躍は表に出てこない。

 

テレビから公害問題の過去や労働争議の過去が語られなくなって久しい。

そのような歴史を忘却した人々は、今惑っている。

なぜなら、「歴史」こそが、人間のよって立つ場所だからだ。

これを構築することは至難の技である。

しかし、そうでない限り、衰退は痛ましいものになるだろう。