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日本の歴史に「古代」はない

よく、「中世ヨーロッパ」と言われる。たいていが、第一回十字軍(1096年)の頃からのことを想定しているように思える。

しかし、中世がヨーロッパで始まるのは、476年の西ローマ帝国滅亡の時からである。

だから、中世とは、たとえばフランスで言えばフランク王国メロヴィング朝の初代クロヴィス一世の481年から始まっている。

つまり、古代と中世は全く途切れているのである。

ヨーロッパにおいて、古代とは「古代ローマ」の時代であり、そのローマ帝国の中心地西ローマ滅亡までの時代である。

だから、フランスやドイツには古代はない。古代とは「古代ローマ」のことである。フランス史やドイツ史は「中世から始まる」のである。

 

ここで日本でよく知られたヨーロッパの国の一つ、イギリスに触れていなかった。

というのは、イギリスと日本はよく似ているからである。

イギリスももちろんローマに占領された。しかし、それ以前のケルトの歴史やそれ以降の七王国の時代を経てイングランドが確立する。

これはWikipediaにも書かれている。

たとえば「イングランドの歴史」では、<古代>という見出しに対し、『詳細は「ブリテンの先史時代」を参照』とある。

つまり、イングランドにおいて「古代=先史時代」なのである。無論、厳密に言えば歴史は書き残されている。誰によって。古代ローマによって。しかし、それはイングランドの歴史そのものではない。だから、古代は先史、つまり非歴史となる。古代がないのだから、中世から始まるしかない。中世は、まずはアングロ・サクソン人の侵入から始まるのであり、これが「イングランド史」の始まりである。

 

だから、日本もそれは同じである。

日本(アジア)に対する古代はなんであったか。言うまでもなく中国である。

日本においては、イギリスを応用できる。

説明した通り、日本も「古代=先史時代」である。しかし、微妙な記録は残っている。誰によって。中国である。『漢書』(後漢の班固)や『後漢書』(宋(南朝)の范曄)に記されている。

しかし、「日本史」それ自体は中世から始まる。

新唐書』に670年に日本と改めたとあるから、この年から始まったと見ていいだろう。

もちろん、日本史の場合、これ以降は「中世」であって、古代とは呼べない。

 

よく日本史資料では中世を鎌倉時代以降とするが、11世紀後半はあまりにも遅すぎる。それ以前を「古代」とくくるのは誤りだ。

それは大きなスケールで物事を見ていないから、そういう勘違いが起こるのである。現に、7世紀などは、中国からすればすでに「古代」などという時代は過ぎ去り、中世に入っているのである。中世というものが、余りにも長いので、感覚としてズレていってしまうが、中国では古代と言えば三国志時代も含む、それ以前の話なのである。

 

元々、歴史をたった三つに分けること自体が難しい。

のだが、無理矢理そうすると、

古代:古代文明発祥~紀元5世紀

中世:紀元5世紀~紀元18世紀

近代:紀元19世紀~

となる。古代が非常に長いが、中世も「長い」のである。

だから、日本史などは勝手に中世の初期を「古代」として扱うし、中世の後期を「近世」として扱う。近世は欧米では「Early modern」と言う。大体1500年ぐらいからである。

 

話が大分ズレたが、だから、奈良時代などは全く古代などではないのである。

確かに先史時代である、邪馬壹国時代などは古代と考えていいだろう。