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インターネットで何ができる?

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人は感情的 議論のレベルを上げる必要性

日本では、コラムやインタビューを受ける人達がよく「感情的」という言葉を使う。しかし、感情的でなければ、冷徹な功利主義者が正しいというのだろうか?

 

また、人は案外不合理だということも分かってきた。

その辺も大事だ。まあ、そこまでの話ではなく、もっと低いレベルの話なのだが。

 

一般的に、人は議論で劣勢に回ると相手を「感情的だ」とレッテル付けることで、勝者の土台に指を引っ掛けようとする。

しかし、感情的だとレッテル張りをしても、議論に勝ったことにはならない。感情的になっている相手には、必ず論理の穴があるはず(というか、そういう意味だろう)なので、その点を突く必要がある。

だが、多くの議論は一般的に決定不可能なことについて話すことが多い。結局のところ議論というのはネゴシエーションであり、取り分の分け前について話すぐらいが関の山だろう。

 

話が脇道に逸れてしまった。

最近は、議論の時にあからさまに「話題そらし」をすることが増えたように思う。特に酷かったのがメイ首相のミサイルの件で、TVインタビューで数回も目の前で「知ってたんですか?」と聞かれても答弁をはぐらかしていた。

こういう時は「YESかNoで答えて下さい」というのが一番いいのだが、残念ながらインタビュアーにそこまでの勇気はなかったようである。

 

何かの本で読んだが、この「話題そらし」がすごくいいんだ、みたいに書いてあって、それを読んだ時私は「なるほど」と思っていたが、それが一種のブームみたいになっているのは面白い。みんなその本を読んだのだろうか。(何の本だったのかは思い出せないのだが)

この話題そらし戦術は、使われるとなえる。

この前米国のニュースで、トランプの入国禁止の件で裁判所に訴えた人が出てきた時、トランプが言った「テロが起きたらどうする」というのを、テレビのアナウンサーがそのままその人に聞いたら、あからさまな話題そらしをしたのにはがっかりした。もちろん、それ以上に話題そらしをする人は多いのだが、こういうちゃんとしたような人までそういう戦術を使うほどメジャーなのかと思った。

 

この話は『ズートピア』でも出てきたな。ちょっと違うが、相手の質問を自分の質問にすり替えるというものだ。一応善側の意見として出ていたが、俺はこういうのをいい方法として教えるのはよくないと思った。

 

日本では、まだこの論法を真顔で言える人はそう多くないと思う。

ただ、言論の激しい米国では、こういった技術は不可欠なのだろう。

日本では「その件については差し控える」の一言で済むから楽である。「いや答えるのがお前の仕事だろ!(笑)」というツッコミを誰もしないからね。

 

結局、人間はどうにかして対策を打ってくるということである。

こういう話題そらしをされた時は、対策としてはちゃんと話を戻す以外にないように思う。また他にもいくつか対策はあるだろう。見方を変えてみるのが上手くいくコツだろうと思う。