読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インターネットで何ができる?

問題等ありましたらコメント欄にお願いします。(意見要望等は承認されません)

語られなくなる日本&ネット

それ以上に大きな問題があるわけですが。

じゃあ、今日本ってどれだけ価値のある国なの? っていうところですね。

いわば経済立国として、世界GDP二位になったことが日本の誇りだったわけですが、今はその経済も低調。大企業が台湾企業に買収されたり、巨額の<不適切会計>を起こしたりとその威信は全く過去のものになってしまったわけです。

じゃあシステムも新しくしようよ、というところにも後ろ向き。英語の教育レベルも低く、そもそも学校の教育が大枠で戦後から変わっていない。つまり70年前のシステムのまま動いている。

そういう古臭い縛りがある中で、どれだけ日本というものに価値があるのよ、というのもよく考えなければ行けない問題でしょう。

「みんなで貧しくなる」といった社会学者がバッシングされていましたが、これはつまり「このままで行けばお前らみんなで貧しくなるぞ」という真っ当な予測であって、だったらどうしたらいいか、というのが真っ当な反応で、「そんな暗い予測は言うな!!」という反応はまさに太平洋戦争での「日本が負けると言うなどけしからん!!」という神国思想と同じなわけです。この発想の問題点は、そういうことを言うな、というのは、そうなると思ってるから「否定したい」という情動で動いているわけですね。アホじゃないんだから、論理的には分かっているんですが「分かっている、が、それでも暗いことを言うな!」という「気持ちよさ」だけを求める、いわば現実から目を背ける都合のいい言葉を求める感情があるわけです。

そういう中で、「みんなで貧しくなる」っていうのは言葉を変えれば「世界の中で、相対的に貧しい国になっていく」ということでして、他の国がどんどん豊かになるなかで日本だけが貧しくなっていく、ということです。

そうなると、今までと違うのは、今はネットがあり、また渡航が自由だということです。渡航の自由化が起きたのは1964年、東京オリンピックの年ですから、案外最近の話なんですね。

で、経済的にもグローバリズムというのが広がった今、英語という共通言語、そして言語に縛られない、要は日常会話レベルの英語とプログラミング言語さえ書ければ、どこの国でも自由に行けるというこの時代に、どれほど国に縛られている必要があるのか、ということです。

だから、ある種意識の高い人は「海外に出よう」という話をします。一方でそんな高度な熟練技術を持たない人は国に縛られざるをえないわけです。これは暗い話ですが、客観的に言えば、日本という国は海外から見れば滅茶苦茶先行きの暗い国だという風に思われているでしょう。

 

話は変わってテレビとネットの話をまたすると、今はもうたとえばアプリ全盛の時代でして、テレビで芸能人追っかけるよりアプリでガチャガチャ引いてtwitterで見せあってウェーイしてればいい、というのがライフスタイルなわけであって、そんな時にテレビがどれほど意味のあるものなんだろう、ということです。

また、ネットでも映像は簡単に流せるし、別にタレントのトークなんてカメラ一台あればできるんだから、もうそれでいいじゃん、となってしまう。

だからアメリカではテレビ番組が非常に高度になってきて、ネットと競争しないと勝てないぞ、という風になっている。

だから、日本でもタレントが大勢ネットに現れる用になって、それで成立してしまう、要は飯の種がそれで稼げる、別にテレビなんかにわざわざ出る必要はなくなるということは大いに考えられるわけですね。そうした中でテレビのあり方というのはだんだん歪んでくるわけですよね。この辺、テレビ上では問題になってくるかもしれませんね。そうなる前にネットが抜き去れば誰もテレビなんかどうでもよくなって、むしろネットの問題について語ることが中心になる、というのがあるとおもいますが、だから今は過渡期で、多分これも安易な言い方ですが2020年のオリンピックを最後にテレビの役割というのは大体のところ終わって行くのだろうなというのは思いますね。消えるわけではないけど、まあまず今よりずっと注目度は下がるでしょうね。