インターネットで何ができる?

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日本の目指す<方向>

今日の前回の記事でいきなり「読者」がついてしまったわけですが、これ、このブログは基本「オタクブログ」なので、非常に申し訳ない気分になっているわけです。

 

それはさておき、前回の私のエントリは日本の政治関係に散見される「誤魔化し言葉」について述べたわけです。これは婉曲や言い換えというやり方で、大東亜戦争満州事変~太平洋戦争)の反省として、強く語られていたことです。「撤退」を「転進」と言い換えるとかのアレです。

これはメディアにおいても重要で、だから90年代のテレビにおいては、戦争の話をする時はこのことが取り上げられていたわけですが、最近は全く取り上げられることはなくなりました。それはメディア自身が、ただ単に政治家の意向を汲んだ報道をするだけになり、メディア自身が、政治家や官僚の答弁をそのまま流し、一応は「疑問の声も」などという意味不明の言葉を使って「紹介」するも、これは議論ではなく、かの悪名高き「両論併記」法でしかなく、この「報道スタイル」は全く悪いものだということがすでに反省されているにも関わらず、それを臆病にも行う姿勢になっていることからも明らかです。(「疑問の声も」というのは私が嫌いな言葉の一つなわけですが、これは、ほとんど意味を成さないというか、まるで「幼稚園児の言葉遣い」なのです。要は「え~~~だけど~……(以下無言)」という言葉であり、ここで優しい保母さんになって「ん~? どうしたの~?」と聞いてあげなきゃいけないという態度なのです。これは報道していい言葉ではありません。つまり、

政治家「◯◯という風にしていきたい」

アナウンサー「しかし、…(手を動かすジェスチャーをし、意味深な拍を取り)これには疑問の声も」

というのは、

政治家「◯◯という風にしていきたい」

アナウンサー「え~う~ん~そうかもしんないけどぉ~」

というように言っているだけなのです。

本来、報道の側が「疑問」とか使ってはいけないでしょう。それを追求するのが報道の役目なんだから、「えぇ~!わかんなぁ~い!」みたいな態度とってることが異常なんですよ。普通(まあ私が見ているアメリカの報道ですが)なら、

アナウンサー「ですが、これにはこれこれこのようなことがあり、全く非現実的です」とか「しかし、かつて彼はこのように述べており、整合性が取れていません」

と言うように、「主張」としての「論評」があるわけです。

翻って日本のメディアでは「今後どうなっていくのでしょう」(俺は知ったこっちゃねーけど)という投げやりな態度が明確で、これは全く現代的な報道としての機能を満たしていません)

つまり、かつては「日本の反省点」を取り上げ、よく議論していたわけですが、最近では完全に失敗した(未だにインフレ2%にならない)アベノミクスの「反省」をすることもなく、なかったことにしているということで、つまり「意図的忘却」を行うことで「無反省状態」に陥っているわけです。だからこそ、戦争の反省もなくなり、ゆえに、戦争で反省したはずの過ち(大本営発表型報道)を再び繰り返しているというわけです。これはシンプルな話ですね。

 

つまり、あのような「言葉の濫用」は、かつてはそれが日本を誤った方向へと導いていたわけです。それは、人々が政策を議論したり、何が正しいかを決めたり、反省したりするための道具は「言葉」しかないわけですから、その言葉がいい加減な使われ方をしていては、まるでいい加減な物差しを使って家を建てるがごとく、崩壊へと向かうことは明らかなのです。

 

もちろん、そのような基礎的な「反省」も必要なのですが、では未来へ向けてどのようなことを議論すればいいのか。

これが今世界中で求められているわけですが、日本に入ってくるのは国際政治の大国、アメリカ・ロシア・EU・中国といった国々の情報ですが、日本は明らかにそれらの国とは重要度では落ちるわけです。カナダやオーストラリア、北欧といった国々と同じぐらいでしょうか。

かつては日本はGDP世界二位となった国ですが、もはやそのような繁栄は今後「あり得ません」。

であるなら、どうするか。

今後は否応なく世界はグローバル化へと向かいます。

当然、その中で各地での覇権争いが勃発します。

世界はより「接近」し、より「流動的」になるでしょう。

そうなった時、日本はどのようにして国民の幸福を実現するのか。

その「人々のあり方」を根源から議論する必要があるでしょう。

もちろん、そこまでのインテリジェンスのある人間というのは日本にはほとんどいないでしょう。

しかし、若い人々は、そういう日本で生きていくのですから、それは考えておいた方がいい。

というより、今の現役世代はそれを考える責任があるでしょう。

恐らく、日本の優秀な人は今後大勢海外に逃亡するでしょう。それは若者であり、また大企業も同じです。ジャック・アタリ氏によれば<サーカス型企業>というものが今後主流になるとしています。これは普通の言い方に直せば「グローバル企業」ということです。◯◯サーカスのように色んなところに来て商売することを意味します。

それは現実としてあります。そうなっては困るというのであれば、どうすれば自国を魅力的に出来るかを考えなければなりません。少なくともその方法はアベノミクスなどではありません。アベノミクスを続ければますます海外逃亡者は増えるでしょう。

まずは日本の大学をまともにし、また企業の採用方法もまともにすべきでしょう。就活とかいう意味不明のガラパゴス制度はすでにバージョンアップを怠った時代遅れのブラウザのように「腐った牛乳」になっており、「機能不全」に陥っており、多くの人がそのソフトウェアによる強制フリーズやクラッシュに悩まされています。

そういった各地で起こっている「歪み」を正すには、正しいビジョンを持たなければなりません。

それは「こういう国にする」というビジョンです。ちなみに、こんなのはダメです。

・円安により輸出が増加!

・製造業が復活し、工場が大量に新設、投資額アップ!

・学校は文科省の支配をより厳しく! 道徳の授業では「朱子学」を!

・残業時間を月90時間に確定! というかむしろ残業じゃなくて普通にやれ! 国民の労働時間を現在より30%アップ!

・有給の法制化を見送り! むしろ有給いらない! 24時間働けます!!

・正社員廃止! 国民は全員派遣社員になり、ピンハネが横行!

・なんやかんやでバブル経済の到来! 大インフレ時代! あの時代が蘇る!

 

これがいわゆる「昭和脳」です。頭が痛いのは、大体政府は今これを目指しているという笑えないアレなんですが。

ではどうすればいいか。大体逆のことをすればいいのですが。

まあこれは私の持論なんで、細かいビジョンというのは色々あると思いますが、そういうものを作ってそれに向かって行くというふうにしないと、散発的にアドホックな対策をしても無意味なんですね。

 

グローバルか保護主義かとかいう問題ではないんですよ。

これからは国は、魅力がなければ、まるで「つまんない田舎」の如く、あっさりと引っ越しされてしまうようになるわけです。

そうするとどうなるかというと、税収が減りますよね。つまり、経済が不活化して、その国は落ちぶれて行きます。

人を出さないために、企業の税金を下げれば、格差が増します。税金が高くてもいてくれるようにするにはどうすればいいか。それは快適な魅力的な国であること以外にありません。一言で言えば「競争力」ですが。

では、日本にその「競争力」があるか。

もしあなたが英語がペラペラだったら、日本にいるか。

オーストラリアかカナダか、シンガポールかアメリカか意外と通じるらしいドイツか。

そういうところに行ってしまうのではないか。

日本の英語教育はわざとなのかあまりにもアホなのか知りませんが、全く役に立ちません。だから、若者はクソ教育を受けさせられるという最悪な状態なわけで、つまり算数で言えば非常に質の悪い、高校3年生になっても2次方程式が解けないというような人を量産してるわけですね。だから子どもたちはもっと怒っていいわけです。高3になっても、小学生レベルすら話せない英語の授業を受けさせられているのですから。日本人は恥ずかしがってるから英語話せないとか言う奴いますけど全然違いますからね。「話す時の英語」を「知らない」から話せないだけであってね。だって、「こんにちは」「ご機嫌いかがですか」「今日は雨です」ってこんな英語教えられて喋れるかっつー話なわけで。Hey, What's up? って感じで普通の英語を知らなけりゃ話せませんよ。

まあそれはともかく、英語教育が今後は活性化されるでしょう。なぜならそっちの方が「経済性」があるからです。はっきり言えば、若い人で日本で働きたいという人は少ないでしょう。それは日本の自業自得ですが、日本の若者が海外に出ていくのはそういう経済性とグローバル化により人材の流動化が起こることの2つによります。

 

つまり、「国を魅力的にする」ことは、今後かなり重要になるのです。

それは、今までは国の競争は「民間が勝手に頑張る」でしたが、今後は民間は平気で国を離れるようになるので(グローバル化)、それを維持する必要があるのです。で、民間とは既存の企業だけではなく、人材も同じだということです。スーパープレゼンテーションでMITに勤めている日本人の二人がいますが、彼らのように「外国で仕事をする方がいい」という人が増えていけば(だってどんな日本の大学でもとMITだったら絶対MIT取るでしょ……で、それはもっと下の大学でもいいでしょ。どの辺かまでは人それぞれだろうけど)、どんどん高度人材は流出し、競争力はさらに下がるでしょう。

だから、私はそういう意味で国を改善すべきだと言っているわけです。

それを怠れば、単純に国力は下がっていくよ、という当然の結果を言っているだけです。